2022/07/17 16:14
私はソムリエではなく、単なるワイン好き、旅行好きなので、旅行者の視点で書かせていただきます。
ドンナフガータ 西部のコンテッサ・エンテリーナの葡萄畑
初めてシチリアに行ったのは’98年末でした。その時は初めての個人イタリア旅行で、まだワイナリー巡りではありませんでした。レンタカーを使った経験もなく、パレルモから英語の出来ないタクシー運転手さんにオリーブ畑の中を走り続け、ノルマン人がシチリアを征服した時に造ったという城、おそらくシチリア西部のトラパニの近くのエリチェ城に行ったことを覚えています。年末のことで地中海とはいえ冬、他の観光客は毛皮のコートを着込んでいましたが、ソムリエールは南の国と勘違いして軽装で雪がチラつく中、震えていたことを覚えています。
2度目は‘08年だったと思います。それ以前のボルドー訪問時にレンタカーを運転し始め、海外での運転にはもう慣れていました。この時はローマからナポリで1泊し、ナポリ駅周辺にはハーツレンタカーが無かったのでナポリ空港まで行きました。レクサスを担当していた時期で海外のライバル車に乗ろうとBENZ-Cクラスを予約していましたが、Alfa164とBMW3を提示されました。Alfa164はイタリアのパトカーでよく見ますが、当時はまだ日本人の感覚では信頼性に欠けると思い、BMW3にしました。(その後の信頼回復?で今やAlferomeo Stelvioに乗ってますが)
最初の目的地はソレント。ドン・アルフォンソというレストランに行きたかったのです。これは庄内のイタリアン アルケッチャーノの奥田政行シェフが東京駅の構内でパスタ店を出されていた頃、東京出張の度に立ち寄っていて、そこでドン アルフォンソさんが仲の良いシェフとして紹介されていました。ソレントのホテルからタクシーで向かい、ワインと共に楽しみました。食後に地下のセラーに案内いただいたことを覚えています。
翌日、アマルフィ海岸を抜け、イタリア半島のかかとの辺りのプーリア州のワイナリーを2件ほど訪ねたと思いますが、残念ながら詳細は記憶にありません。
そしてシチリアに向かいますが、どうしても事前にネットで調べてもシチリアへの渡り方が出ていません。不安に駆られながらも、BMW3が快調で、尖り屋根のアルベロベッロに立ち寄っても余裕でイタリア半島の爪先に着きました。着くと料金を払ってそのままフェリーに誘導されました。目の前にシチリアは見えています。ほんの30分の航海だったと思います。メッシーナに着きました。そこからタオルミーナのホテルに向かいました。その頃レクサスの関係でフランス本拠のホテル、レストランネットワークの「ルレエシャトー」さんとお付き合いがあったせいか普通の部屋の予約が最上階の眺めの良い部屋に変更されていました。タオルミーナでは古代ギリシャ、ローマの神殿や円形劇場などの街並みや映画「グランブルー」の舞台になったイオニア海に面した海岸を楽しみました。タオルミーナはエトナ山の東側で葡萄の産地でもあるのですが、残念ながらワイナリー訪問はしませんでした。今でも覚えているのは、ベランダからある夜、海を見わたすと道のように海を照らす満月が欠け始めたことでした。月食でした。あんな遮るものの無い場所での素晴らしい天体ショーは初めてで感激しました。
タオルミーナをたち、南に向かい聞いたことのある名前のシラクーザに向かいます。港近くのお店で気軽なシーフードパスタが美味しかったです。そこからが大変でした。その日の宿はパレルモでしたが、今調べるとシラクーザからカターニア方向に戻れば、高速で楽だったのでしょうが(当時は未だ無かったかも?)どうせならシラクーザから南に向かいぐるっと東南端を回って行こうとしてとんでもない遠回りになってしまいました。途中で高速に乗れましたが、パレルモ到着はすっかり夜になりました。
翌日はパレルモから西に1時間程度のクズマーノというワイナリーでした。場所がわからないことや試飲のために車を頼んであったと思います。8月中旬夏の暑い時でした。兄弟2人でやっておられるのですが、葡萄栽培、ワイン醸造の兄は、今日は刈り取りをするとのこと。広報、販売担当の弟が対応してくれました。何が試飲したいと聞かれたら、厚かましいことにソムリエールは全部と答え、笑いながら対応いただきました。私もここのワインは大好きになりました。後に東京に戻るとモナコ政府観光局のO女史が、良いワインを見つけたよとのこと、それが何とクズマーノと聞き、驚きました。O女史とクズマーノを置いている店を探して行った覚えがあります。特に私はシャルドネのヤーレが大好きです。ブルゴーニュとは違って、暑いこともあるのでしょう糖度や甘味が強いところが好きなんだと思います。
弟ディエゴクズマーノ、兄アルベルトクズマーノ
フードライナーさまより
それはドンナフガータのラ・フーガにも通じるのですが、私が東京に単身赴任になった頃、恵比寿の三越ワイン売り場で見た綺麗なエチケット、女性の髪が虹のようになったものでした。それに惹かれて買って帰ると、当たりでした。(当時のデザインは少し違ってました。又、ラ・フーガだったのかどうかも記憶にありません。)ドンナフガータとは逃げた女(女房という言う人もいましたが、本当はナポレオンから逃れるためにナポリの王宮から逃亡した王女)と教えて下さったO会長もナパのファニエンテと似て好きなワインだとことで、ますます好きになりました。(私にはファニエンテは敷居が高いですが)
ドンナフガータ ラ・フーガ
*実はシチリアの南東にドンナフガータ城という城がありますが、これは逃げた王女が逃げ込んだ城ではありません。その昔、この辺りをアラブ人が支配していた頃、豊かな水が湧くこの地を「健康の泉、方言でロンナファータ」と言ってたものが変じてドンナフガータになったそうです。
そんな訳で仲の良いワインショップにドンナフガータが置いてあり、それに刺激されて3回目のシチリア行きを計画しました。コロナ禍前の平成最後の4月でした。ミュンヘン経由でBMWミュージアムによって、シチリアパレルモに入りました。レンタカーはミディアムSUVで予約していましたが、JEEPのコンパスでした。アグリジェンドなどの古代遺跡に行きたかったので、砂利道の山道を行くには丁度良かったです。パレルモのホテルに着いて、早速ドンナフガータのラ・フーガがあったので、夕食前でしたが早速1本開けてしまいました。
ドンナフカータのエントランス
翌日、ドンナフガータに向かいます。シチリア島の西部のマルサラにワイナリーがあります。走って解りましたが、初回に訪ねたエリチェ城の近くを通り抜けました。着くとファミリーが迎えてくれました。マルサラにあるのでマルサラ酒を思い浮かべた方もみえると思います。ワイナリーには入って直ぐの場所に大きな樽があり、以前はマルサラ酒を造っていたが、市場が限られるので、もっと大きな市場を狙えるワインに変換したとのこと。
シチリアぶどう畑の地図
樽熟成庫
シチリアに4つの畑を持ち、西部のコンテッサ・エンテリーナでは14種のワインが、西南部のパンテレリア島では甘口を中心に3種、東南部のヴィットーリアでは赤ワイン2種、東部のエトナでは4種、全体では23種のワインと2種のグラッパ、3種のオリーブオイルが造られています。私の大好きなラ・フーガはそのエチケットのレインボーの長髪の娘はナポリから逃げてきた王女を表すドンナフガータを代表するものですが、シャルドネのナイトハーベストで造られているとのことでした。などなどテイスティングルームで5種類試飲させていただきました。
おしゃれなティスティングシート
テイスティングルームと左奥に以前マルサラ酒を製造していた時の樽
終了後は直ぐ隣の港に面したトラットリアを紹介いただき、ランチをして戻りました。その夜、パレルモに戻り、外に夕食に出かけましたが、残念ながらドンアフガータはありませんでした。しかし、ローマに戻り出かけたとことでは、しっかり有り、ドンナフガータの営業マンにもあって、ワイナリーに行ってきたよと盛り上がりました。
後、思い出深いのはローマではスペイン階段が見えるホテルに泊まっていたのですが、5月1日、日本では令和になった日ですが、ヨーロッパでは「MAY DAY」、勝手な解釈かも知れませんが、長い冬が終わり春を迎える日として喜びを感じに多くの人が集まっていました。
MAY DAYにローマのスペイン階段に集まる人々
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